2012年09月10日

【お試し読み】「彼と彼の領域V〜記憶の部屋〜」(2)

9/17 P-fes! 新刊トリココ本「彼と彼の領域V〜記憶の部屋〜」のお試し読みページ、その2です。
「その1」とは別のシーンから抜粋しました。

「続きを読む」からどうぞ。



 シャツの胸ポケットで、マナーモードにしておいた携帯電話
が震えた。
 液晶に表示された番号は「非通知」だったが、気に留めず、
ココは応答した。
「はい、もしもし」
『……ですか』
 雑音が多くて、よく聞き取れない。
「もしもし?どなたですか?」
『如月ココさんですね』
 男の声だった。日本語を母国語とする者のイントネーション
ではない。
 外国人の客も最近は珍しくないが、何故か嫌な胸騒ぎがした。
 警戒しながら、ココは応えた。
「そうですが」
『大きな犬の、飼い主の』
「はい。それが何か」
『名前は、トリコ』
 ココは、店の出入り口を振り返った。
 ドアは閉じたまま、トリコは戻っていない。
 おかしい。看板の明かりを消して中に運び込むだけで、こんな
に時間がかかるわけがないのだ。
「トリコが、どうかしたんですか」
『彼はもう、あなたの元には戻りません』
「何だって!」
『彼は返して頂きました。今まで預かって下さって、ありがとう
ございました。お礼を申し上げたくて、お電話した次第です』
「ふざけるな!他人の犬を攫っておいて、何を──」
『返して頂いた、と申し上げました。元の飼い主は、私です』
 声が低くなった。
『念のため申し上げておきますが、この件については、余計な
詮索はなさらぬ方が、身のためです』
「脅すつもりか。警察に行くぞ」
『止めませんが、おそらく無駄足になるでしょう。どうぞ、一日
も早くあの犬のことはお忘れください。──では、失礼』
「おい!あんたは誰なんだ!名前くらい……もしもし!もしも
し!」
 電話は切れた。
 携帯を掴んだまま、ココは部屋を飛び出した。
「トリコ!」
 街灯に照らされた石畳の路地に、ココは立っていた。
 通りの両側には、ココの店と同じような、小さな占い屋や雑貨
店、カフェが軒を連ねている。
 どれも既に明かりが落ち、通行人もほとんどいない。
 トリコの姿はなかった。
 明かりの消えた看板だけが、ぽつんと残っている。
「トリコ……!」
 呆然と、ココは立ち尽くした。
posted by 寿里 at 22:25| Comment(0) | トリコ
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: