2012年09月10日

【お試し読み】「彼と彼の領域V〜記憶の部屋〜」(1)

9/17 P-fes! 新刊トリココ本「彼と彼の領域V〜記憶の部屋〜」を一部お試し読み頂けます。
全年齢対象、犬のトリコと、飼い主ココの話です。

「続きを読む」からどうぞ。



 三角形の耳がぴぴっと動き、ココは鋏を持つ手を止めた。
「動いちゃ駄目だよ、トリコ。切れないじゃないか」
 面倒くさげな声が応える。
「いいよ、もう。髪なんかどうでも」
 リビングの掃き出し窓で、ケープを掛けたまま、トリコが
ぶるると頭を振った。
「髪を飛ばすな!……もう、ペットサロンが嫌だって言うから、
こうして僕が切ってやってるのに」
「嫌に決まってるだろ。お前以外の人間にあちこち触られたく
ねェよ」
 のしりと背中で凭れ掛かって来る。ココは諦めて、鋏を下ろ
した。
「その割には、お客さんには黙って触らせてるじゃないか」
「お前の商売の邪魔は出来ねェからな。飯が食えなくなっちま
う」
「何だ、そういうことか」
 トリコを飼い始めて五ヶ月。トリコはすっかりココの占い屋
の看板犬になっていた。
 朝一緒に家を出て、仕事中は店の中でのたのた過ごし、閉店
後、連れ立って帰る。
 犬が苦手な客もいて、その時だけは外に出て行くが、どこで
見ているのか、客が帰ると同時に戻って来て、またココの周り
でのたのたしている。
 トリコ目当ての客も増え、売り上げに貢献していると言えな
くもないし、問題を起こすわけでもないから、ココも好きにさ
せていた。
「ところで、そろそろどいてくれないかな。トリコ」
 完全にのし掛かられて、ココは呻いた。重さで今にもひっく
り返りそうだ。
「嫌だ」
「嫌だじゃないだろう!もういいよ、今日は散髪はやめる。
だからどいてくれ……って、おい!」
 やにわに、トリコが体を反転させた。ココの腰に太い腕を巻
きつけ、押し倒す。
「何するんだ!……あッ」
 ピアスの耳朶を軽く噛まれ、ココは身を竦めた。
 くすぐったい。鼻先を押しやると、今度は逆の耳朶を狙われ
た。
 最近トリコは、大胆にココに甘えるようになった。
 懐いてくれるのは嬉しいが、いかんせん体のサイズが大き過
ぎる。
 この前は寝ているところに飛び付かれて、危うく窒息しそう
になった。
 獣医や、長年犬を飼っている常連客からは、
「躾は早いうちからしておいた方がいいですよ」
と再三再四忠告されているが、これまで甘えられなかった分を
取り戻そうとしているのかも、と思うと、どうしても叱れない。
 まずは、気が済むまで甘えさせてやった方が、いいのではな
かろうか。
 甘いかなあ。
 結局、今日も下敷きにされながら、ココは飼い犬の頭を撫で
てやった。
posted by 寿里 at 22:21| Comment(0) | トリコ
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