2011年10月28日

お試し読み「ハム丸一郎太の三日間」

イナイレ円風新刊「ハム丸一郎太の三日間」、一部お試し読み頂けます。
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「それで、元に戻る方法とか、判るのか」
 もっともな質問だが、それが判るなら苦労はしない。風丸が首を振るのを見て、円堂も「そうか」と肩を落とした。が、すぐに顔を上げ、にっと笑う。
「まあ、落ち込んでも仕方ないさ。とにかく、元に戻る方法を探そう。俺も手伝うから、戻れるまでここにいたらいい」
 能天気なようだが、前向きなこの性格に救われたことは数多い。円堂の、得がたい才能の一つだ。
「ありがとう。助かるよ」
「お前の家には、強化合宿で当分帰れないとでも言っておく。サッカー部の連中には、どうする?」
 話すわけにはいかないだろう。話したところで、「キャプテンは頭がどうかしたようだ」とでも言われて遠巻きにされるのがオチだ。
「鬼道なら、いい知恵出してくれそうな気がするけどな……」
 風丸は首を振った。
「あまり騒ぎを大きくしたくない。それに、すぐ戻れるかもしれないし」
「じゃあ、まずは俺たちで考えてみよう。それでどうにもならなかったら、鬼道に相談するってことで、いいか」
「うん、いいよ」 
 声が掠れ、咳が出た。今更のように、喉がからからに渇いていることに気付いた。
 起き抜けに自宅からここまで全力疾走したのだから、無理もない。
 そういえば、昨夜は風邪気味で喉が痛かったのだが、薬が効いたのか、今朝は綺麗さっぱり痛みが消えている。非常事態に風邪の方が逃げ出してしまったのかもしれない。
「水、くれるか」
「待ってろ」
 円堂は台所にすっ飛んで行き、よく冷えたペットボトルを手に戻って来た。
「円堂、今の俺にペットボトルは無理だよ」
「あっ、そうか。ごめん」
 もう一度出て行き、今度は茶碗を持って帰って来た。目玉親父か、俺は。
 茶碗に水を注いでもらったが、背が届かない。伸び上がって中に顔を突っ込もうとすると、今度は茶碗がぐらぐらひっくり返りそうになる。
 悪戦苦闘した挙句、肩で息をしながら風丸は言った。
「もういい……て、手で水をすくってくれ……」
「手?こうか?」
 円堂が片手に注いだ水に、風丸は口をつけた。冷たくて美味い。思った以上に渇いていたらしく、喉を鳴らして飲み干し、指に残る滴まで舐め取った。
「ふぅ……」
 やっと人心地ついた。と思ったら、円堂の手が消えた。
「円堂?」
 円堂は、やけに赤い顔をしていた。引っ込めた手をジャージのズボンでごしごし拭い、床のバッグを乱暴に引っ掴む。
「おおお俺、そろそろ練習行かないと!」
 確かに、もう練習が始まる時刻だ。急がないと間に合わない。
「じゃ、行ってくるから!帰るまで、適当にしててくれ」
「待て、円堂!」
 大事なことを忘れていた。
 出て行こうとしたところを呼び止められて、円堂はつんのめった。かろうじて踏みとどまり、振り返る。
「何?」
「はさみかカッターを貸してくれるか?出来れば、携帯用の小さいのがあればいいんだけど」
「はさみ?何に使うんだ?」
「ズボンの尻に穴を開けるんだ。その……尻尾がつかえて、窮屈だから」
 ほら、と、パジャマの尻を見せる。
 何故だか、円堂の体がぐらりと傾いた。
posted by 寿里 at 18:14| Comment(0) | イナイレ
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